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JISART(日本生殖補助医療標準化機関)倫理委員会からの「出自を知る権利」に対する提言〜特定生殖補助医療に関する法律(案)の国会提出を受けて〜

2025 年2月5日、特定生殖補助医療に関する法律案(以下、「本法案」)が国会に提出された。本法案の帰趨は判然としないが、JISART 加盟医療機関では、本法案のいう提供型特定生殖補助医療(子をもうけようとする当事者の夫以外の精子又は妻以外の卵子のいずれかの提供を受けて行われる人工授精又は体外受精及び体外受精胚移植(以下、「体外受精」)による医療)のうち体外受精に関わるものを、2008 年以降17 年にわたり、組織的、継続的に実施してきた。
以下、そのすべてに関与した JISART 倫理委員会として、これまでの経験を踏まえ、子の福祉、なかでも出自を知る権利に焦点を当てた提言を示したい。

1. 非配偶者間体外受精に対するJISARTの実績と立場

JISARTは、2008年から非配偶者間体外受精を倫理的・臨床的に組織的な体制のもとで導入してきました。2025年3月時点で、加盟30施設のうち6施設が当該治療を実施し、合計166件(卵子127件・精子39件)が承認され、114人の子が誕生しています。提供者の82%が兄弟姉妹であり、匿名提供は4%にとどまっています。出生後も継続的なフォローアップや心理支援を実施し、家族関係や子どもの発達を丁寧に見守っています。

2. 非配偶者間体外受精におけるJISARTの倫理的取り組み

 JISARTでは、以下のような体制を整え、非配偶者間体外受精に伴う倫理的・社会的課題に継続的に対応しています:
  • ガイドラインの制定
    2008年にJISART独自の『精子・卵子の提供による非配偶者間体外受精に関するガイドライン』を策定。兄弟姉妹からの提供も含め、適切なカウンセリングやインフォームド・コンセントを前提に、臨床運用の指針を明文化しました。
  • 専門カウンセリング体制
    非配偶者間生殖医療には専門性の高い心理支援が不可欠であるため、JISARTでは対応可能なカウンセラーの配置を必須とし、年2回の研修会を通じて実務対応力を高めています。治療前から治療後、子の出生後まで一貫した支援体制を整えています。
  • フォローアップ部会の運営
    2011年より『フォローアップ部会』を設置。治療で生まれた子や家族に対して定期的な発達調査を実施し、必要な支援・相談に応じています。子の心理的安定と家族関係の健全性を長期的に見守っています。
  • 提供者プロフィールの整備
    子が自らの存在のルーツを理解できるよう、提供者に対しては身長・体重・血液型・性格・提供理由・子へのメッセージ等を記載した『提供者プロフィール』の作成を依頼。プロフィールは被提供者を通じて将来子どもに開示される体制となっています。
JISARTの「出自を知る権利」と「出自の告知」への取り組み
  • 15歳以上の子による提供者情報の開示請求が可能(氏名・住所など)
  • 請求時には個別相談・カウンセリングを提供し、双方に配慮した情報開示を実施
  • 0〜2歳からの早期告知を推奨し、同意・理解を前提に実施
  • 匿名提供でも告知や情報共有を可能な限り支援
  • 実施施設の閉院時にはJISARTが情報を引き継ぐ管理体制を確保
「出自に関する今回の法案の論点と懸念」
  • 開示できる情報が個人非特定情報(年齢・血液型等)に限定されている
  • 開示請求が成人に達した後に限定されている
  • 出自告知が努力義務にとどまり、支援体制が伴っていない
  • 提供者・実施施設への情報保存や支援制度がない

3. JISART倫理委員会からの提言

生殖補助医療においては、一番の当事者である生まれ来る子が、その実施について自らの意思を表明できないという特質があります。子の身分関係が複雑になることが避けられない提供型生殖補助医療において、その福祉が最優先されるべき子が自己アイデンティティの確立に苦しむことをなくすため、JISARTでは、提供者を特定できる情報を含む出自を知る権利と提供型生殖補助医療による出生の幼少期からの告知の推進に努めてきました。幸い、JISARTガイドラインに従って行われた非配偶者間体外受精によって多くの不妊夫婦が子を持つことができ、現在のところ特段の問題は起きていません。
今後わが国において提供型生殖補助医療を、新たな不幸を生じさせることなく円滑に実施していくためには、JISARTが実施してきた幼少期からの告知に裏付けられた出自を知る権利の保障が必要であり、そのような医療に関わる体制を構築する法律には、このような保障を盛り込むことが不可欠であると考えられます。具体的には以下のポイントになります。

  • 15歳以上の子による提供者情報の開示請求が可能(氏名・住所など)
  • 早期告知の推進と国による支援体制整備
  • 医療機関への倫理的・制度的支援体制を明確化すること

JISART倫理委員会では出自に関する実践を通じ、生まれてくる子どもの福祉を実現してきました。この知見を制度に反映することが重要と考えます。JISARTでの実践に裏付けられた修正がなされることを強く求めて、提言といたします。

4. 結びに

提供型生殖補助医療が拡大する中で、生まれてくる子どもの幸せを起点にした制度設計が求められます。JISARTは今後も、出自をめぐる倫理と実践の両面から社会的合意と制度整備に貢献してまいります。


提言全文(PDF)はこちら:👉特定生殖補助医療法案_JISART倫理委員会提言

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